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レモン色の恋心

 ぴちゃり、と雫がしたたり落ちた。
 お尻の下には不快な温かい感触。目の前には空のティーカップ。向かいに座る彼がどんな表情を浮かべているのかはわからない。
 憧れていた生徒会長に想いが通じてから初めて訪れた彼の家で、とんでもない粗相をしてしまった。
 俯いた顔を上げることができない。小さくなって震えていると、ふいに微かなため息が耳に届いた。びくり、と身体が竦む。


「……トイレに行きたいときは言えって、この前言ったよな?」
「っ、ごめん、なさい。……我慢できると思って」


 か細い声で応える。きっと呆れられている。嫌われたかもしれない。
 彼の前でこんな失敗をするのはこれで二度目なのだ。
 学校を出る前にトイレに行かなかったこと。出された紅茶に口をつけてしまったこと。トイレを貸してほしいと言い出せなかったこと。後悔ばかりが頭の中でぐるぐると渦巻く。


「できてないだろ。そもそも我慢しようとするな」
「……はい」


 くしゃり、と髪を撫でられて思わず顔を上げる。テーブルの向こうから身を乗り出した彼は口元に苦笑を浮かべていた。


「とりあえずシャワー使え、適当に着替え貸すから」
「……先輩、わたしのこと嫌いになりましたか」
「この程度で嫌いになったりしねえよ。手間のかかる後輩の世話にはもう慣れた」


 手を引かれて椅子から立ち上がる。恥ずかしくて言い出せず、結局我慢できなかったレモン色の小さな湖。足を踏み出すと、小さな飛沫が静かに跳ねた。

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